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東京高等裁判所 昭和34年(う)1841号 判決

控訴人 被告人 小川玉子

弁護人 山本博 外二名

検察官 山口鉄四郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

山本弁護人の控訴趣意一について。

所論は、原判決判示第二の事実につき、被告人が判示機関紙「総評」を郵送頒布した行為は、憲法第二十一条及び第二十八条で保障された表現の自由及び勤労者の組合活動の自由並びに公職選挙法第百四十八条との関連において、同法第百四十二条にいう法定外文書の頒布に該当しないものであつて、原判決は法令の解釈適用を誤つたものであると主張する。よつて按ずるに、原判決は判示日本労働組合総評議会の機関紙「総評」が公職選挙法第百四十八条第三項の条件を具備しないとしているのではなく、新聞紙の販売を業とする者ではない被告人が判示候補者に当選を得しめる目的を以つて判示のような内容の「総評」を選挙人約三百人に郵送頒布したことを同法第百四十二条違反に問擬しているのである。選挙運動者が選挙運動のため頒布することを許される文書は同法第百四十二条所定の通常葉書に限られるので、判示のような内容の新聞紙を頒布することは、たとえその新聞紙が同法第百四十八条第三項の条件を具備するものであつても許されないのである(但しその選挙運動者がその新聞紙の販売を業とする者であつて通常の方法で頒布するときはこの限りでない)。してみれば同法第百四十二条の適用については、判示新聞紙「総評」は、同条にいわゆる法定外の文書であるといわなければならない。そして選挙運動のため頒布し得る文書を制限した同法第百四十二条及び同条の禁止を免れる行為としての文書の頒布を禁止した同法第百四十六条がともに憲法第二十一条に違反しないことは最高裁判所の判例であり、(昭和二八年(れ)第三一四七号、同三〇年四月六日最高裁大法廷判決参照)、選挙に関し、報道及び評論を掲載し得る新聞紙を一定のものに制限し、又これが頒布を為し得る者及びその方法を制限した公職選挙法第百四十八条が憲法第二十一条に違反しないことは昭和二九年(あ)第七八七号同三〇年二月一六日大法廷判決(集九巻二号三〇五頁)の趣旨に徴し明らかである。さらに選挙運動につき新聞紙の使用を制限することは何ら憲法第二十八条と関係のないことがらであり憲法第二十八条は公職選挙法の前記各法条の解釈運用について、労働組合の機関紙に対し一般の新聞紙に比し特別の保護を与えたものとは到底解し難い。してみれば原判決の確定した被告人の所為は公職選挙法第百四十二条に違反することは論をまたない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 岩田誠 判事 八田卯一郎 判事 司波実)

弁護人山本博の控訴趣意

一、原審判決は法令の適用の誤があり、その誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから刑事訴訟法第三八〇条、同三九七条により破棄を免かれないものである。即ち、原審判決は、被告人が、昭和三十三年五月十九日、篠田好外二百九十九名位に対し、日本労働組合総評議会の機関誌「総評」(一九五八年四月三十日付号外神奈川版)を郵送頒布した事実を認定し、右行為が公職選挙法第百四十二条第一項第一号所定の所謂法定外文書頒布禁止に違反していると判断し、同法第二四三条第三号を適用しているのであるが、これは憲法がその第二十一条及第二十八条で保障した表現の自由および勤労者の組合活動の自由の保障との関係に於て公職選挙法第一四八条、並に同第百四十二条の所謂、法定外文書の解釈を誤つたものであり、その理由は次の通りである。

(1)  公職選挙法第一四八条は新聞紙等の評論報道の自由を規定している。従つて労働組合の所謂機関誌(本件の如き号外文書をも含めて)が一般の商業新聞の如く、この保障に含まれるかが問題になる訳である。

(2)  然るに機関誌「総評」は、〈イ〉頒布先は相当広範囲に亘り多数人に報道評論を提供するものであること。〈ロ〉有償であること(発行費用は組合員の拠出金によつてまかなわれるものであるため、組合員に頒布されるかぎり有償である)。〈ハ〉定期的にくりかえし発行されるものである外、同法第三項の形式的要件を具備しているものである。

(3)  勿論機関誌といえども、単なる主観的宣伝を内容とするものであれば報道の自由の濫用になるため自らそこに限界があることは、同第一四八条の所定するところであるが、表現の乱用という概念をあまり広義に解すべきでないことは、評論、報道に本来或種の主観性が入らざるを得ない点から当然のことであり、これは著しく主観的、又は宣伝的であり、選挙人の公正な判断を誤らしめる場合に限定さるべきものである。然らざれば表現の自由は著しく萎縮せざるを得ないからである。

(4)  ところで労働組合の機関誌とは一般に団体の機関誌が団体の決定意思を構成員に伝達し、団体目的達成の為に必要な評論を行い、且、構成員相互精神的の連絡をはかることを目的として発行されると同様に、主として労働者の経済的社会的地位の向上を目的として合法化された団体である労働組合が、その組合の社会的経済的地位の向上をはかるため、これに必要な限度で政治的評論を行い、組合員の社会、政治的意識をたかめるとともに組合自体の行う政治活動を有効に展開することを期するものである。

(5)  もつとも労働組合がその経済的活動に附随して行いうる政治活動の内容程度は、その必要性との関連に於て決せられるものであろうが、機関誌に於て特定政党侯補者を推選支持し、反対する旨を報道、解説することは、前述の限界を越えない限り、言論の自由ならびに労働者の団体行動権の自由として許された行為であるということが出来る。もとより組合員がいずれの政党侯補者を支持するかはその組合員の自由であつて、組合の組織強制の及ぶ範囲でないことはいうまでもないところであるが、それだけに特定の候補者に投票することを依頼する理由もしくはこれを支持推薦する理由を掲載して組合員を説得することの必要があり、これは正当な評論の範囲に属するといわなければならないのである。けだし労働者は憲法により労働権、労働基本権の保障があるがこれは立法により具体化されるものであり、従つて立法機関の構成である議員の選挙は労働組合の深い関心事たらざるを得ないからである。

(6)  本件に於ては、文書を通常の頒布方法を変更した点に問題があるが、しかし、総評並びに地評(神奈川)に所属する鉄鋼労連日本鋼管川崎製鉄労働組合所属の組合員をその頒布の対象として居り、被告人並びに掲載の中島英夫はいずれも同労組の出身者(現に組合員の籍はある)であるから、それを支援することを記載した機関誌を同労組員に頒布することは組合機関誌の報道権の範囲内に入るべきものである。組合員の自宅に直接送付したのは特に組合員の注意関心をつよめるためであり、これを理由にその機関誌が異つた性格を帯びるものでない。従つて組合員以外(例えば妻名義)に送付されたものであることが証拠上明らかなものについてのみ有罪とするなら別論であるが少くとも組合員に関するものは、同法の解釈を誤まつた結果にならざるを得ないものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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